「準備ができたら働く」は本当だろうか
前回の記事では、就職まで時間のかかる支援をどう評価するのかについて考えました。生活リズムが整った。外出できるようになった。人に相談できるようになった。就職という最終的な結果にはまだ届いていなくても、本人にとって大きな変化が起きていることがあります。
一方で、こうした変化を積み重ねていくと、就労支援ではとてもよく使われる考え方に行き着きます。**「もう少し準備ができてから働きましょう」という考え方です。**生活がもう少し安定してから。通所が週5日できるようになってから。コミュニケーションがもう少し上手になってから。体調の波が小さくなってから。確かに、働くための準備は大切です。でも今回は、この「準備」という言葉を少し疑ってみたいと思います。
「働ける状態」とは、どんな状態なのだろう
週5日安定して通所できるようになったら就職活動を始める。とても分かりやすい考え方です。会社へ週5日通勤して働くのであれば、安定して通えることは一つの目安になるでしょう。
では、週4日しか通えない人は、まだ働けないのでしょうか。朝が苦手な人は、準備ができていないのでしょうか。人前で話すのが苦手な人は、練習を十分にしてからでなければ就職できないのでしょうか。体調に波のある人は、その波がなくなるまで待つ必要があるのでしょうか。
こう考えていくと、「働く準備ができた状態」は思っているほど明確ではありません。仕事によって必要な力は違います。週3日勤務の仕事もあれば、午後から働く仕事もあります。人とのやり取りが多い仕事もあれば、一人で集中して行う仕事もあります。「働ける状態」が先に決まっているのではなく、どんな仕事をするかによって必要な準備も変わるはずです。
準備してから働くのか、働きながら身につけるのか
就労支援では、しばしば「生活を整える→通所を安定させる→スキルを身につける→就職活動→働く」という順番を想定します。もちろん、この順番が合う人もいます。段階を踏むことで安心して就職へ進める人もいるでしょう。
ただ、人は本当に、すべての準備を終えてから働き始めるのでしょうか。一般の就職を考えてみても、仕事を始める前から必要なことをすべて身につけている人はほとんどいません。実際に働いてみて、職場での人との距離感を覚える。疲れ方を知る。自分に合う休憩の取り方を見つける。そうやって仕事に慣れていきます。つまり、**働くために必要な力の中には、働くことでしか身につかないものもある。**これは就労支援でも同じなのではないでしょうか。
「まだ早い」が就職を遠ざけることもある
支援者は、本人に失敗してほしくありません。せっかく就職したのにすぐ辞めてしまったら。体調を崩してしまったら。そう考えれば「もう少し準備してから」と言いたくなるのは自然で、本人を大切に考えているからこその判断でもあります。
でも、「まだ早い」という判断を繰り返しているうちに、半年、一年と就職活動そのものが始まらないことがあります。そして本人も「自分はまだ働ける状態ではない」と思ってしまうかもしれません。支援者が慎重になることで、本人の「働いてみたい」という気持ちまで小さくしてしまう可能性があります。
だからこそ、「まだ早い」と判断しているのは誰なのか——本人でしょうか。企業でしょうか。それとも支援者でしょうか。一度考えてみる必要があります。
IPSが問い直した「準備性」
精神障害のある人への就労支援には、**IPS(Individual Placement and Support)**という考え方があります。IPSでは、長い訓練期間を経て「働く準備が整ってから就職する」という考え方よりも、本人が働きたいと希望したら、早い段階から一般就労を目指し、実際の職場で働きながら必要な支援を行うことを重視します。
よく表現されるのは、**「Train then Place」ではなく「Place then Train」**という考え方です。十分に訓練してから職場へ送り出すのではなく、まず本人に合う仕事を探し、働き始めてから、その職場で必要なことを一緒に考えていく。
もちろん「何も準備せずにとにかく就職させればいい」という意味ではありません。本人の希望を確認し、仕事を探し、企業とも調整し、就職後も支援を続けます。違うのは、「働ける人になってから就職する」のではなく、**「働くことそのものを支援の中に置く」**という発想です。
働くことで生活が整う人もいる
私たちはつい、生活が整ってから働けるようになると考えます。でも実際には、逆のこともあります。
- 仕事が始まったことで、朝起きる理由ができた
- 給与をもらうことで、生活に目的が生まれた
- 職場で役割を持つことで、自信がついた
- 人との関係ができたことで、生活のリズムが安定した
つまり、働けるようになったから生活が整うのではなく、**働くことで生活が整うこともある。**もちろん、すべての人に当てはまるわけではありません。体調を整えることを優先した方がよい時期もあります。大切なのは、「準備→就職」という順番を最初から唯一の正解にしないことだと思います。
「できないこと」を減らすだけが支援ではない
就労支援では、その人の課題を見つけます。朝起きられない。人とのコミュニケーションが苦手。集中力が続かない。そして、その課題を改善してから働こうと考えることがあります。でも、人の苦手なことがすべてなくなるわけではありません。私たち自身も、苦手なことを抱えながら働いています。
大切なのは、苦手なことをすべて克服することではなく、その人の特徴を含めて働ける場所や方法を探すことなのかもしれません。朝が苦手なら午後から働く。人との会話が苦手なら、一人で集中できる仕事を探す。長時間勤務が難しければ短時間から始める。体調に波があるなら、相談しやすい職場や柔軟な働き方を考える。本人だけを「働ける状態」に変えていくのではなく、仕事や職場との組み合わせも変えていく。そこまで含めて就労支援だと思います。
準備は、どこまで必要なのか
ここまで書くと「準備なんて必要ない」と言っているように見えるかもしれません。そうではありません。準備が必要な人もいます。時間をかけて生活を整えることが重要なこともあります。大切なのは、「準備が必要かどうか」もその人によって違うということです。
そして、準備を続けるのであれば「何のための準備なのか」を時々確認する必要があります。本人が希望する仕事につながっているのか。それとも、支援者が安心できる状態をつくるための準備になっていないか。「もう少し準備してから」と言い続けることで、本人の働く機会を遠ざけていないか。そこは、支援者自身が問い続けなければならないところです。
「やってみる」をどう支えるのか
働くことには、どうしても不確実さがあります。どれだけ準備しても、実際に働いてみなければ分からないことがあります。仕事が思っていたものと違うかもしれない。職場の人間関係が合わないかもしれない。辞めることになるかもしれない。だから支援者は、できるだけ失敗しない状態をつくってから送り出したくなります。
でも、失敗する可能性をなくすことを優先しすぎたら、本人はいつ「やってみる」ことができるのでしょうか。ここまで考えると、次の問いが出てきます。失敗しないことは、本当に良い支援なのでしょうか。
次回は、「失敗しないことは、良い支援なのか」——就労支援における安全と挑戦、そして「失敗」という言葉について考えてみたいと思います。