私たちは、何を「訓練」しているのだろう
そもそも、「訓練」って何だろう?
10月は、ずっと「訓練」について考えてきました。最初の回で、こんな問いを立てました。
そもそも、「訓練」って何だろう?
一般的に訓練というと、何かを繰り返し練習して、知識や技能、習慣などを身につけることをイメージします。できなかったことが、できるようになる。
就労支援に置き換えれば、
- 生活リズムを整える
- 毎日通えるようになる
- コミュニケーションを練習する
- ストレスに対処できるようになる
- 仕事に必要な技能を身につける
そうやって「働くための力」を高めて、就職へ向かっていく。最初は、とても分かりやすい話に見えました。
でも、一つずつ考えていくと、だんだん分からなくなってきました。
毎日通えたら、働けるのだろうか
事業所に毎日通えるようになることは、分かりやすい変化です。でも、事業所と会社は同じ場所ではありません。
事業所にはなかなか通えなかったのに、就職すると毎日会社へ行く人もいます。反対に、事業所には安定して通えていたのに、仕事になると大きな負担を感じる人もいます。
そこで見えてきたのは、「ここでできること」と「どこでもできること」は同じではないということでした。人の行動は、その人の能力だけではなく、置かれている環境によっても変わります。
コミュニケーションが上手になればいいのだろうか
仕事では、コミュニケーションが大切です。だから、質問したり、報告したり、自分の考えを伝えたりする方法を身につけることには意味があります。
でも、コミュニケーションに大きな難しさを抱えている人が、ものすごく頑張って少し上手になったとしても、それによって働くうえでの困難が同じだけ減るとは限りません。
本人が練習する方法もあれば、相手が伝え方を変える。文字で伝える。チャットを使う。質問しやすい仕組みをつくる。そんな方法もありました。
本人の能力を高めることと、困ることを減らすことは、必ずしも同じではない。そんなことも考えました。
ストレスには「相手」があった
ストレスについても同じでした。「ストレスに弱い人」と考えてしまえば、本人がストレスに強くなることが目標になります。
でも実際には、仕事量。仕事内容。人間関係。音や光。予定変更。分かりにくい指示——何にストレスを感じるのかは、人によって違います。
本人が対処する方法を身につけることもできる。同時に、ストレスの原因になっているものを減らすこともできる。ここでも、変えることができるのは本人だけではありませんでした。
何も「獲得」していないのに、元気になることもある
さらに、もっと説明しにくい変化もありました。事業所に通っているうちに、
- 朝起きるようになる
- 人と話すようになる
- 誰かと昼食を食べるようになる
- 小さな役割を持つ
- 何かをやってみようと思うようになる
何か特別な技能を身につけたわけではないのに、なんだか元気になっていく。
それは生活のリズムかもしれません。人との関係かもしれません。役割を持ったことかもしれません。新しい経験かもしれません。治療の効果や時間の経過も関係しているかもしれません。
いろいろなものが重なっているとしたら、それを単純に、「訓練の効果です」と言ってよいのかも、分からなくなりました。
「できるようになった」だけでも分からない
そして、「できるようになった」という変化についても考えました。
毎日通えるようになった。人と話せるようになった。長時間働けるようになった。困ったことを自分で解決できるようになった。どれも良い変化に見えます。
でも、そのために本人がものすごく無理をしていることもあります。困らなくなったのではなく、困っていることを言わなくなっただけかもしれません。
だから、「できたか、できなかったか」だけでは、その人に起きた変化は分からない。どのくらいの負担でできているのか。続けられるのか。本人自身はどう感じているのか。そこまで見てみる必要がありました。
変わるのは、本人だけではなかった
前回は、さらに「環境」について考えました。
- 本人が変わる
- 仕事のやり方が変わる
- 周囲の伝え方が変わる
- 働く時間が変わる
- 環境が変わる
- 仕事そのものを選び直す
どこを少し動かせば、その人が働きやすくなるのか。働くために、すべての「できない」をなくす必要はありません。苦手なことが残っていても、その苦手さが大きな障壁にならない環境なら、働けることがあります。
そう考えると、できない→訓練する→できるようになる→働けるという一直線の道だけでは、実際の就労支援をうまく説明できなくなりました。
「訓練」という大きな風呂敷
ここまで考えてみると、私たちが「訓練」と呼んでいるものの中には、ずいぶんいろいろなことが入っているように思います。
- 何かを練習して身につけること
- 経験すること
- 自分のことを知ること
- 人との関係をつくること
- 生活のリズムをつくること
- 役割を持つこと
- 失敗してみること
- 自分に合う方法を探すこと
- 環境を調整すること
- 自分に合う仕事を探すこと
- そして、ときには、少し休んだり、時間が経ったりすること
これらを全部包んで、「訓練」と呼んでいるのかもしれません。
だとすると、「訓練」という言葉は、ずいぶん大きな風呂敷です。便利な言葉ではあるけれど、その風呂敷を広げて中身を見てみなければ、その人に何が起きているのか分からないこともあります。
大切なのは、「訓練をしたか」ではないのかもしれない
就労支援で大切なのは、「どんな訓練をしましたか」と尋ねることだけではないのかもしれません。
- その人は、何に困っているのだろう
- どんなときにはうまくいくのだろう
- どんなときに難しくなるのだろう
- 本人は、どうなりたいと思っているのだろう
- 本人が少し変わることで解決できることは何だろう
- 環境が少し変わることで解決できることは何だろう
そして、この関わりによって、その人に何が起きることを私たちは期待しているのだろう。
そんなことを考えながら、実際にやってみる。やってみて、何が起きたのかを見る。思っていたことと違えば、もう一度考え直す。支援とは、案外そういうことの繰り返しなのかもしれません。
まとめ:私たちは、何を「訓練」しているのだろう
10月の最初に、「そもそも、訓練って何だろう?」という問いから、この話を始めました。
9回考えてみましたが、最後まできれいな答えは出ませんでした。むしろ、最初より「訓練」が何なのか分からなくなった気もします。
でも、それでいいのかもしれません。「訓練」という一つの言葉でまとめてしまわず、その人に何が起きているのか。何が変わったのか。なぜ変わったのか。何は変わらなかったのか。本人はそれをどう感じているのか。そんなことを一つずつ見ていく。
そうすると、「この人にはもっと訓練が必要です」という言葉だけでは見えなかったものが、少しずつ見えてくるのかもしれません。
そして、ここまで考えてくると、次の疑問が出てきます。
そもそも私たちは、何を見て「この人には、この支援が必要だ」と考えているのでしょうか。
「コミュニケーションが苦手だから、コミュニケーションの練習をする」「毎日通えないから、毎日通う練習をする」——その判断は、どこから出てきたのでしょう。
10月は「訓練」について考えてきました。
11月は、その訓練を始める前に私たちがしているはずのことについて、少し考えてみたいと思います。