事業所に毎日通えたら、会社にも毎日行ける?
「安定して通えること」は就職の準備?
前回は、就職するために何を「できるように」するのかについて考えました。生活リズム、通所、コミュニケーション、体調管理、仕事に必要な技能——就労支援では、こうしたことを「働くための準備」として考えることがあります。
その中でも、比較的分かりやすい指標として扱われやすいものの一つが、「安定して通所できること」ではないでしょうか。
- 週に何日通えているのか
- 遅刻や欠席はどのくらいあるのか
- 決まった時間に来られているのか
確かに、会社に就職すれば、基本的には決められた勤務日に出勤することになります。そのため、「まずは事業所に安定して通えるようになってから就職を考えよう」という考え方には、それなりの分かりやすさがあります。
でも、本当にそうなのでしょうか。
事業所と会社は、似ているようで違う
就労移行支援事業所で一日を過ごす様子は、会社で働く姿と少し似ています。
- 朝、決まった時間に来る
- 決められた時間、活動する
- 休憩を取る
- 人と話す
- 何かの作業に取り組む
- 終わったら帰る
こうして見ると、確かに「働く練習」のようにも見えます。
しかし、当然ながら福祉事業所は職場ではありません。会社には、その会社の仕事があります。
- 任された役割がある
- 仕事には期限があるかもしれない
- 忙しい日もある
- 上司や同僚がいる
- 顧客と関わる仕事もある
そして何より、働けば給料を受け取ります。
一方、福祉事業所には支援者がいて、その人の状態に合わせて活動内容や時間を調整することがあります。似ているところはあっても、やはり別の環境です。
事業所には通えなかったのに、会社には通える人もいる
実際の就労支援をしていると、興味深いことがあります。事業所への通所がなかなか安定しなかった人が、就職すると毎日会社へ行くようになることがあります。
不思議に感じるかもしれませんが、考えてみれば理由はいろいろありそうです。
- 自分の仕事として任された役割がある
- 仕事をした結果として給料がもらえる
- 自分の得意なことを使える
- 一日の予定がはっきりしている
- 職場の人間関係が自分に合っている
「仕事に行くこと」と「事業所に通うこと」では、その人にとっての意味が違うのかもしれません。
もちろん、その逆もあります。事業所には毎日安定して通えていたけれど、就職すると体調を崩したり、出勤が難しくなったりすることもあります。
これも、その人が身につけたものが突然なくなったというより、環境が変わったことで、求められることも変わったと考えた方が自然な場合があります。
「ここでできる」と「どこでもできる」は違う
これは通所だけの話ではありません。
- 事業所では質問できる
- 事業所では人と話せる
- 事業所では集中して作業できる
- 事業所では困ったときに相談できる
こうしたことも、環境が変われば同じようにできるとは限りません。
たとえば、普段から話している支援者には質問できても、入社したばかりの上司には質問しづらいかもしれません。逆に、事業所の作業には集中できなくても、得意なことを生かせる仕事なら長時間集中できる人もいるでしょう。
つまり、「この環境でできること」と「どんな環境でもできること」は、同じではありません。
人の行動は、その人の能力だけで決まるものではなく、置かれている環境との組み合わせによっても大きく変わります。
「職場と思しき環境」で練習するということ
就労支援事業所では、職場を意識した環境をつくることがあります。
- 時間を守る
- 挨拶する
- 指示を受ける
- 作業する
- 報告する
- 休憩する
初めて働く人にとっては仕事のある生活をイメージするきっかけに、長く仕事から離れていた人にとっては一定の時間活動する生活を試す機会になります。
ただし、そこはあくまで「職場と思しき環境」です。
そこでうまくできたことが、そのまま会社でもできるとは限りません。反対に、そこでうまくできなかったからといって、会社でもできないとは限りません。
だとすると、事業所での様子を見るときにも、「できた」「できなかった」だけではなく、
- どんな環境ならできたのか
- 何があると難しくなったのか
を見る必要がありそうです。
「適応できる人」をつくることが訓練なのだろうか
ここで、10月のテーマである「訓練」に戻ってみます。
もし就労支援における訓練を、「職場に適応できる力を身につけること」と考えるなら、事業所はそのための練習場所ということになります。
でも、実際の職場は一つではありません。
- 静かな職場もあれば、にぎやかな職場もある
- 一人で進める仕事もあれば、チームで進める仕事もある
- 細かく指示してくれる上司もいれば、自分で考えて動くことを求める上司もいる
すべての職場に適応できる人になる必要はありません。むしろ、「自分は、どんな環境なら働きやすいのか」を知っていくことも、大切な就職準備なのではないでしょうか。
まとめ:人と環境も一緒に見てみる
「毎日通えるようになった」——それは、その人に起きた大切な変化かもしれません。ただ、それだけを見て「働く準備ができた」「まだ通えないから就職は早い」と判断するのは少し早いのかもしれません。
大切なのは、その人だけを見るのではなく、その人が、どんな環境の中で、どんなふうに行動しているのかを見ること。事業所で起きていることを、本人だけの「能力」として評価しないこと。これは、精神疾患や発達特性のある人の就労を考えるうえで、とても大切な視点だと思います。
では、職場で必要とされることの一つとしてよく挙げられる「コミュニケーション」はどうでしょう。「コミュニケーションが苦手だから、コミュニケーション能力を高めましょう」——これも、一見すると分かりやすい話です。
次回予告
次回は、「コミュニケーションは『上手』にならないといけない?」というところから考えてみたいと思います。