就労支援に「通所できるようになること」は必要なのか

前回は、「何日利用したか」「何回支援したか」だけではなく、その支援によって本人に何が起きたのかを見る必要があるのではないか、という話を書きました。その最後に、一つの問いを残しました。就労支援に「通所できるようになること」は、本当に必要なのでしょうか。

少し刺激的な問いかもしれません。私たち自身、就労移行支援を行う中で、時期によっては事業所へ通うことを大切にしています。決まった時間に起きて身支度をし、電車やバスに乗り、決められた時間に到着する。人のいる環境で過ごし、体調が悪ければ相談する。会社へ通勤して働こうとする人にとって、こうした経験には大きな意味があります。だから「通所には意味がない」と言いたいわけではないのです。

今回考えたいのは、「通所できるようになること」を、すべての人の中間目標に置く必要があるのだろうか——ということです。

通所は、何のためにするのだろう

就労支援では、通所が安定していることを一つの目安にすることがあります。週3日通える、週5日安定して通える、朝から通える。確かに分かりやすい変化です。毎朝会社へ通勤して働くことを目指している人なら、その変化は就職後の生活にもつながります。

ところが、働き方そのものが変わってきました。現在では、毎日出勤する働き方だけでなく、在宅勤務や出社と在宅勤務を組み合わせた働き方もあります。そうなると、**「事業所へ週5日通える」ことと「働ける」ことは、必ずしも同じではなくなります。**ここは一度分けて考えてみる必要がありそうです。

働きたい場所から逆算してみる

将来、週5日会社へ出勤して働きたい人がいるとします。その人が今ほとんど外出できず、生活リズムも不安定なら、少しずつ通所日数を増やしていくことには意味があります。本人が目指す働き方と、通所という訓練がつながっているからです。

では、在宅勤務を目指している人ならどうでしょう。

  • 決まった時間にパソコンを立ち上げる
  • オンラインで始業を報告する
  • 一人で作業を進め、分からないことはチャットで質問する
  • 休憩を自分で管理し、期限までに仕事を仕上げる
  • 体調の変化は早めに上司へ相談する

こうした力は、在宅で働くために必要なものです。だとすれば、その人にとっては在宅支援から在宅就労へという道筋があっても不思議ではありません。「一度通所できる人になってから在宅就労を目指す」という順番が必ず必要なのか。ここには考える余地があるように思います。

「外に出られない人」もいる

さらに難しいのは、障害や疾病によって外出そのものに大きな困難がある場合です。支援の現場で出会う人の中にも、移動すること自体が大きな負担になる人がいます。「まず外へ出られるようになりましょう」「通所できるようになってから就職を考えましょう」——それが、本当にその人にとって最短の道なのでしょうか。

外へ出ることの困難さを改善する支援が必要な人もいれば、その困難さを抱えたまま働ける環境をつくるという方向もあります。「できないことをできるようにしてから社会に参加する」のか、「今できる方法で社会に参加しながら、必要な力や環境をつくっていく」のか。就労支援には、どちらの道もあってよいのではないでしょうか。

千葉市の新しい運用にも例外はある

千葉市の新しい運用では、在宅支援の開始前に原則2か月間通所し、開始後も同じ事業所では原則1年まで、1年以内に通所利用へ切り替えられるよう支援することが示されています。一方で、通所そのものが困難な人については、相談支援専門員などの有資格者から情報を収集し、本人との面談や自宅訪問で状況を把握する方法も示されています。

ですから、今回の制度を単純に「全員を通所させる制度」と捉えるのは適切ではありません。むしろ気になるのは、支援者自身が、いつの間にか「通所できること」を支援の成果として見てはいないだろうか——ということです。

手段が、いつの間にか目的になる

これは在宅支援だけの話ではありません。福祉サービスでは、支援のために用意された仕組みが、いつの間にか目的のようになってしまうことがあります。通所する。プログラムに参加する。面談を受ける。訓練を続ける。どれも大切な支援ですが、本来は本人が望む生活や働き方へ近づくための手段だったはずです。

毎日休まず通所し、プログラムにも参加し、面談も受けている。それでも本人が望む働き方へ近づいていなければ、その支援を「うまくいっている」と言えるでしょうか。反対に、週に数日しか来られなくても、目指す働き方へ着実に近づいているなら、その支援には意味があります。**通所は成果ではなく、成果へ向かうための手段の一つ。**そう考えると、一人ひとりに必要な支援の形も違って見えてきます。

「どこへ向かっているか」を見る

就労支援では「できるようになったこと」を確認することは大切です。でも、その変化が本人の目指す働き方とどうつながっているのか。そこまで見て初めて、その支援が意味のあるものだったのかを判断できるのではないでしょうか。

通所できるようになることが大切な人もいれば、在宅で働く力を身につけることが大切な人もいる。外へ出ることよりも、まず働く経験を持つことが大切な人もいます。支援の形を先に決めるのではなく、**本人がどこへ向かいたいのかを考え、そこから必要な支援を逆算する。**そう考えると、「通所か、在宅か」という二者択一そのものが、少し違って見えてきます。

そして、この話をもう少し広げると、気になることが出てきます。私たちは、本人が目指す場所から支援を考えているでしょうか。それとも、支援する側にとって「成果が見えやすい人」を、知らず知らずのうちに選んでいるのでしょうか。

次回は、「就職できる人」を支援していないだろうか——就労支援の「成果」という、少し厄介な問題について考えてみたいと思います。