「就職できる人」を支援していないだろうか

前回の記事では、通所そのものを支援の成果として見るのではなく、本人がどこへ向かいたいのか、そのために何が変わっているのかを見る必要がある、という話を書きました。今回は、もう少し厄介な「成果」の話を考えてみたいと思います。

就労支援の成果として最も分かりやすいものは「就職」です。何人就職したのか。どのくらいの割合で就職したのか。その後どのくらい働き続けているのか。こうした数字は事業所の実績を知るうえで大切であり、これからサービスを利用しようとする人にとっても参考になります。就労支援なのですから、就職という結果を大切にすること自体に違和感はありません。

ただ、成果を強く求めれば求めるほど、一つ気になることがあります。**「就職できそうな人」を支援した方が、成果を出しやすい。**これは当たり前といえば当たり前の話です。

成果を出そうとすることは、悪いことではない

事業所も組織です。利用している人に就職してもらいたい。良い実績を残したい。サービスの質を高めたい。そう考えることは健全です。限られたスタッフと時間の中で支援を行う以上、効率を考える必要もあります。

だから「就職の可能性が高い人には早めに求人を紹介しよう」「企業との面接につなげよう」という支援は、むしろ自然です。

問題は、その合理的な判断が積み重なった先にあります。**「就職」という成果が強く求められるほど、短い期間で就職できそうな人に支援資源を集中させた方が、事業所としては成果を上げやすくなります。**では、就職までに長い時間が必要な人はどうなるでしょう。

「今すぐ就職できない人」は、成果になりにくい

まだ週に1日しか外出できない人。人と話すことに強い不安がある人。長く働いた経験がなく、自分に何ができるのか本人自身も分からない人。何度も就職と離職を繰り返してきた人。体調の波が大きく、働き方そのものから一緒に考える必要がある人。

こうした人たちは、就職まで時間がかかることがあります。支援者から見れば、少しずつ変化していることは分かります。

  • 以前は相談できなかった人が、相談できるようになった
  • 一人では応募できなかった人が、求人を見るようになった
  • 週1日の活動が週2日になった
  • 自分の苦手なことを少しずつ言葉にできるようになった

しかし、「就職者数」という数字だけを見れば、その時点ではまだ成果になりません。ここに就労支援の難しさがあります。支援を必要としている度合いが高い人ほど、短期的には成果が見えにくいことがある——ということです。

「上澄み」をすくう方が合理的になる

少し極端に考えてみます。100人の利用希望者のうち、数か月支援すれば比較的早く就職できそうな人が20人いたとします。その20人を中心に受け入れ、就職につなげれば、事業所としては高い就職実績をつくれます。一方で、就職まで1年、2年とかかる可能性のある人を多く受け入れれば、短期間の数字だけを見れば成果は低く見えるかもしれません。

最近では、福祉サービスだけでなく、人材紹介や求人サービス、企業とのマッチングなどを一体的に行う事業者もあります。それ自体が悪いわけではありません。支援から求人紹介、就職までがスムーズにつながることは、利用する人にとって大きなメリットになる場合もあります。

ただ、もしその仕組みが「就職可能性の高い人を見つけ、早く就職につなげる」ことに最適化されていったらどうなるのか。そこから外れる人が生まれないだろうか。そのことは考えておく必要があります。

本当に支援が必要なのは誰なのか

もちろん、就職に近い人にも支援は必要です。「もう少しで就職できそうだから、自分で何とかしてください」という話ではありません。

しかし、就労支援という専門的なサービスの役割を考えると、今の状態ではまだ就職が見えにくい人と一緒に道筋をつくることにも、大きな意味があるのではないでしょうか。

  • 何を仕事にしたいのか分からない人と一緒に考える
  • 働くことに何度も失敗してきた人と、なぜうまくいかなかったのかを整理する
  • 体調や障害特性に合わせて、これまでとは違う働き方を探す
  • 企業側にも働きかけ、本人が働ける環境をつくる

すでにある求人へ人を当てはめるだけではなく、その人と仕事の間にある距離をどう縮めていくか。そこに就労支援の専門性があるように思います。

「就職率が高い=良い支援」とは限らない

これは少し注意して書いておきたいところです。就職率が高い事業所の支援が悪いという話ではありません。良い支援の結果として多くの人が就職している事業所もあります。反対に、就職率が低ければ「難しい人を丁寧に支援している」と自動的に評価できるわけでもありません。数字だけでは、その背景までは分からないのです。

どんな人を受け入れているのか。どのような支援をしているのか。利用開始時にどんな状態だった人が、どのように変化したのか。数字を見るなら、そこまで一緒に見なければ、本当の支援の姿は見えてこないのかもしれません。

成果を求めるほど、成果から遠い人が見えなくなる

少し皮肉な話ですが、就労支援が「成果」を強く求められるほど、**最も支援を必要としている人が、成果を出しにくい人として扱われる可能性があります。**もちろん、誰かが意図的に排除しているとは限りません。それぞれの事業所が合理的に判断し、成果を出そうとした積み重ねの中で、結果として支援を受けにくい人が生まれる。だからこれは、個々の事業所の善悪というより、成果をどう捉えるかという構造の問題なのだと思います。

私たち自身も例外ではありません。支援をしていれば「この人は就職が近そうだ」「もう少し時間がかかりそうだ」と考えることがあります。それ自体は支援計画のための必要な見立てです。でも、その見立てがいつの間にか「支援しやすい人」「成果になりやすい人」を選ぶ基準になっていないか。そこは、ときどき立ち止まって考える必要がありそうです。

就職まで時間のかかる人を、どう見るのか

今回書いてきたことには、まだ答えがありません。就職という成果を大切にしながら、就職まで時間のかかる人も支援する。これは言葉では簡単ですが、実際には難しいことです。なぜなら、その人が就職するまでの間に起きている変化を、私たちは何らかの形で見ていかなければならないからです。

半年経っても就職していない。でも、利用開始時とは明らかに違う。では、その「違い」を私たちはどう捉えるのでしょうか。どこまで進めば「支援がうまくいっている」と言えるのでしょうか。

次回は、「時間のかかる支援を、どう評価するのか」——就職という最終的な結果だけでは見えにくい、支援の途中にある変化について考えてみたいと思います。