就労支援は、何をもって「うまくいった」とするのか
9月の記事は、千葉市で始まる在宅支援の新しい運用について考えるところから始まりました。週何日在宅支援を利用するのか。何回連絡するのか。どのくらいの期間利用するのか。制度を適正に運用するためには、こうした共通の基準が必要です。でも、その話を考えているうちに、「では、良い在宅支援とは何なのだろう」という疑問が出てきました。
そこから、通所することは成果なのか、就職率をどう見るのか、時間のかかる支援をどう評価するのか、働く準備とは何なのか、失敗しないことは良い支援なのか、そして支援者自身の仕事をどう評価するのか——ずいぶん遠くまで話が広がりました。でも振り返ってみると、この9月ずっと考えていたことは、一つだったように思います。**私たちは、何を見て「この支援はうまくいっている」と判断しているのだろう。**今回は、その問いを最後にもう一度考えてみたいと思います。
分かりやすい成果は、やはり大切
就労支援には、分かりやすい成果があります。就職した。働き続けている。勤務時間が増えた。収入が増えた。こうした結果はとても大切です。就労支援というサービスである以上、「就職」という結果を考えなくてよいとは思いません。何年支援しても就職につながらず、「本人なりに変化しています」だけで説明を続けることにも違和感があります。
だから、数字を見ること自体を否定するつもりはありません。就職者数も、就職率も、定着率も必要な情報です。問題は、その数字だけを見れば、支援の良し悪しが分かるのか——ということです。
同じ「就職」でも意味は違う
例えば、二人の人が同じ日に就職したとします。一人は、利用を始めた時点ですでに就職経験があり、少し求人を整理すればすぐに応募できる状態だった。もう一人は、何年も仕事から離れ、外出するところから支援が始まった。結果だけを見れば、二人とも「就職1名」です。でも、そこに至るまでに必要だった支援はまったく違います。
逆に、1年間支援してまだ就職していない人でも、外へ出られるようになった。自分の希望する働き方を言葉にできるようになった。実習に参加した。これまで避けていた求人へ応募した。そうした変化が起きているかもしれません。だから、成果を見るときには、**「どこへ到達したか」だけでなく、「どこから、どこまで動いたのか」**を見る必要があるのだと思います。
個別支援計画という「ものさし」
第5回では、個別支援計画について書きました。考えてみれば、個別支援計画は、その人にとって何を成果として見るのかを決めるための仕組みでもあります。週5日働きたい人。短時間勤務から始めたい人。在宅勤務を目指す人。まずは外出することから始める人。目標が違えば、途中で見るべき変化も違います。
全員を「週5日通所」「半年以内に就職」といった同じ尺度で測れば、確かに比較はしやすくなります。でも、その人が本当に目指しているものから離れてしまうことがあります。だから、一人ひとりの成果が違うこと自体は、むしろ当然なのだと思います。
でも、全部違うでは組織にならない
一方で、「一人ひとり違うから、成果も全部違います」だけでは、やはり困ります。第8回で支援者の仕事について考えたときにも、同じところに行き着きました。ケースによって違う。支援者によって違う。それは確かです。でも、何をしても「個別支援だから」で説明できるのであれば、支援の良し悪しについて組織で話し合うことができません。新しく入った支援者に「何が良い支援なのかは人それぞれだから、自分で考えて」と言うだけでは、専門職を育てることも難しいでしょう。
だから、個別性を大切にすることと、共通するものさしを持つことは、どちらも必要なのだと思います。
共通するのは「目標」ではなく「問い」なのかもしれない
では、何を共通にすればよいのでしょうか。全員に同じ目標を持ってもらうことではないはずです。支援方法を全部そろえることでもありません。もしかすると、共通にできるのは「答え」ではなく、支援するときに確認する問いなのかもしれません。
- 本人は何を望んでいるのか
- 今の支援は、その希望とつながっているのか
- 利用を始めた頃と比べて、何が変わったのか
- その変化は、本人にとって意味のあるものなのか
- 今の支援を続ける理由を説明できるのか
- 変化が起きていないなら、支援方法を見直す必要はないか
就職した、しなかった。通所できた、できなかった。そうした結果だけを見るのではなく、その前後に何があったのかを考える。支援方法は違っても、こうした問いを共有することならできるように思います。
「うまくいかなかった」ことも見なければならない
成果を考えるとき、良かった変化だけを見るのも危険です。半年支援したけれど、ほとんど変化がなかった。就職したけれど、同じ理由で何度も退職している。本人が希望している方向と、支援者が進めている方向がずれていた。支援者が関わりすぎて、本人自身が考える機会を奪っていた。そうしたこともあります。
それを「本人の障害が重いから」「時間が必要だから」だけで説明してしまえば、支援する側の問題は見えなくなります。良い支援を考えるということは、うまくいったことだけでなく、うまくいかなかったときに自分たちの支援を振り返れることでもあるのでしょう。
在宅支援の話に戻ってみる
ここで、9月の最初に戻ってみます。在宅支援の新しい運用では、利用日数や期間、連絡回数などについて具体的な基準が示されました。制度を適正に運用するためには必要なことです。でも、9本の記事を書きながら考えてきたことを踏まえると、在宅支援を週2日行った。1日2回連絡した。毎週評価した。それだけでは、やはり支援の良し悪しは分かりません。
その在宅支援によって、本人に何が起きたのか。在宅で働く力が身についたのかもしれない。外出が難しい人が、初めて仕事につながったのかもしれない。あるいは、半年続けても何も変化がなく、支援方法を見直す必要があるのかもしれない。結局、最初に考えていた在宅支援の問題も、**「どこで支援したか」より、「その支援によって何が変わったのか」**というところに戻ってくるように思います。
数字だけでは測れない。でも、測らなくていいわけでもない
この9月の記事を書きながら、何度も同じ場所を行ったり来たりしました。数字だけでは支援は測れない。でも、「人それぞれだから測れない」で終わるわけにもいかない。就職は大切。でも、就職だけが成果ではない。小さな変化は大切。でも、「少し変わった」だけで何年も同じ支援を続けてよいわけでもない。支援者には自由が必要。でも、何でも支援者の判断でよいわけではない。
おそらく、この間に簡単な答えはありません。だからこそ、支援をする組織には、「私たちは今、何を成果として見ているのか」を話し続けることが必要なのだと思います。
良い支援の「ものさし」は、まだ完成していない
経営や組織運営の言葉を使えば、こうしたものを「指標」と呼ぶのかもしれません。でも、今回考えたかったのは、数字の管理方法そのものではありませんでした。私たちが支援するときに、何を大切な変化として見るのか。何をもって前に進んでいると考えるのか。そして、何が起きたら「今の支援を変えた方がいい」と考えるのか。その共通認識をどう持つのか、ということです。
一人ひとり違う人生を、同じ数字で測ることはできません。一方で、一人ひとり違うからといって、支援の成果について何も語れないわけでもありません。個別支援計画を中心に、その人自身の目標と変化を見る。就職や定着といった分かりやすい結果も見る。そして、その間で支援者が何を考え、何をしたのかを振り返る。もしかすると、そうしたいくつもの視点を重ねるしかないのかもしれません。
私たちは、何を見て支援をしているのだろう
9月は、在宅支援の制度変更について書くつもりで始まりました。ところが、最後にはずいぶん大きな問いになってしまいました。**就労支援は、何をもって「うまくいった」とするのか。**今のところ、私たちにも明確な答えはありません。ただ、答えがないから考えなくてよいわけではありません。むしろ、簡単な答えがない仕事だからこそ、本人に何が起きているのか。私たちは何を目指して支援しているのか。今の支援は本当にそこへつながっているのか。そんな問いを、本人とも、支援者同士でも、繰り返し確認していく必要があるのだと思います。
良い就労支援とは何か。その「ものさし」は、どこかに完成した形で置かれているものではなく、目の前の人と支援を続けながら、私たち自身が問い続け、つくり続けていくものなのかもしれません。