失敗しないことは、良い支援なのか

前回の記事では、「準備ができたら働く」という考え方について書きました。働くために必要なことの中には、実際に働いてみなければ分からないものもあります。だからこそ、支援者が「まだ早い」と判断し続けることで、本人の「やってみたい」という機会まで遠ざけてしまうことがあるのではないか、という話でした。

でも、実際に「やってみる」ことを支えるとなると、支援者には別の不安が出てきます。体調を崩したらどうしよう。職場でつまずいたらどうしよう。短期間で辞めてしまったらどうしよう。本人が傷ついてしまったらどうしよう。こう考えると、慎重になるのは当然です。今回は、この「失敗させたくない」という支援者の気持ちについて考えてみたいと思います。

支援者は、失敗を避けたくなる

就労支援では、本人のこれまでの経験を聞くことがあります。過去に何度も退職している。人間関係でつまずいている。仕事が続かなかった経験から自信を失っている。そうした話を聞けば、支援者としては「次は同じことを繰り返さないようにしたい」と考えます。

だから、もう少し生活を整えてから。もう少しコミュニケーションの練習をしてから。そう考えること自体は、とても自然です。本人を危険な状況に置きたい支援者はいません。次の就職は長く続いてほしい。本人にも「今度はうまくいった」と感じてほしい。その願いが、支援者を慎重にさせます。

でも、「失敗しないこと」を目標にすると

ただ、失敗を避けることを優先しすぎると、別の問題が出てきます。例えば、本人が「この仕事をやってみたい」と言ったとします。支援者から見ると、勤務時間が長い、人とのやり取りが多い、負担が大きそう——少し不安があります。そこで「もう少し準備してからにしましょう」と提案することがあります。もちろん、それが必要なこともあります。

でも、それを繰り返していくと、本人はいつ挑戦できるのでしょうか。失敗する可能性のない仕事を探し続けた結果、本人が本当にやってみたい仕事から遠ざかっていくこともあります。「失敗しないこと」が支援の目的になると、「挑戦しないこと」が最も安全な選択になってしまいます。

就職して辞めたら、その支援は失敗なのか

ここで一つ考えてみたいことがあります。ある人が就職したけれど、半年で退職したとします。この支援は失敗だったのでしょうか。就職後すぐに体調を崩し、何も得るものがなく、本人が深く傷ついてしまったのであれば、支援のあり方を振り返る必要があるでしょう。でも、退職したという事実だけで「失敗」と決められるでしょうか。

実際に働いてみたことで、自分にはどんな仕事が合わないのかが分かった。思っていたより人とのやり取りが負担になることに気づいた。必要な配慮を初めて具体的に言葉にできるようになった。次は勤務時間を短くした方がよいと本人自身が考えられるようになった。そうしたことが起きているなら、その経験は次の選択につながります。

「仕事が続かなかった」という結果と、「その経験に意味がなかった」ということは、同じではありません。

失敗の意味は、あとから変わることがある

私たちは、その瞬間の結果だけで物事を判断しがちです。就職した。成功。辞めた。失敗。とても分かりやすい評価です。でも、人の経験はそれほど単純ではありません。当時は「失敗だった」と思った経験が、数年後には「あの経験があったから今の働き方を選べた」と思えることもあります。

ここでも結局、何をもって支援の成果と見るのかという問題に戻ってきます。働き続けた期間だけを見るのか。本人が納得できる働き方に近づいたかを見るのか。経験から何かを学び、次の選択につながったかを見るのか。評価の仕方によって、「成功」と「失敗」の意味は変わります。

失敗する権利まで奪ってはいけない

少し強い言い方ですが、人には「失敗する権利」もあるのだと思います。もちろん、明らかに危険な状況を放置するという意味ではありません。重大な健康被害が予想される。本人が十分な情報を得ていない。搾取的な労働環境である。そうした場合には、支援者として止めたり、別の選択肢を提示したりする必要があります。

でも、十分に情報を得て、本人がリスクも理解したうえで「やってみたい」と考えているなら、その選択を支えることも大切です。支援者が本人の人生を代わりに生きることはできません。失敗しないように人生を整えてあげることではなく、失敗しても次を考えられるように支えること。そこに、支援者の役割があるのではないでしょうか。

「安全」と「挑戦」は反対ではない

ここまで書くと、安全を重視する支援と挑戦を重視する支援が、反対のものに見えるかもしれません。でも、本来はそうではないと思います。何も考えずに挑戦させることは支援ではありません。一方で、危険をすべて取り除くまで挑戦させないことも、必ずしも支援とは言えません。

本人がどんなリスクを抱えているのか。何が起こったら支援者に相談するのか。体調を崩したときにはどうするのか。職場で困ったとき、誰に助けを求めるのか。もし仕事を辞めることになったら、その後どうするのか。こうしたことを一緒に考えておく。つまり、**リスクをなくすのではなく、リスクに対応できるようにする。**それが、安全と挑戦を両立させる方法なのかもしれません。

「うまくいかなかった」ときに支援者は何を見るのか

就労支援をしていれば、すべてが予定どおりに進むことはありません。就職しても辞めることがあります。実習がうまくいかないこともあります。本人が一度決めた方向を変えることもあります。

そのとき、「やっぱりまだ早かった」だけで終わるのか。それとも、何が起きたのか、本人はどう感じたのか、次に同じ状況になったら何を変えるのか、支援者として違う関わり方はなかったのか——そうやって経験を次につなげるのか。同じ出来事でも、その後の支援によって意味は大きく変わります。失敗をゼロにすることはできません。でも、**失敗を「ただの失敗」で終わらせないことはできる。**そこは、支援者ができる大切な仕事なのだと思います。

良い支援とは、何を防いだ支援なのか

ここまで考えてくると、「良い支援」の見え方も少し変わってきます。体調を崩さなかった。退職しなかった。トラブルが起きなかった。もちろん、それらは大切です。でも、それだけを支援の良し悪しの基準にすると、支援者は自然と「問題が起きない支援」を目指すようになります。

一方で、本人が挑戦し、自分のことを知り、選び直し、少しずつ自分に合う働き方へ近づいているのであれば、途中にうまくいかなかった経験があっても、その支援には意味があるはずです。良い支援とは、失敗をなくした支援ではなく、本人が経験から次の選択をつくれるようにした支援なのかもしれません。

そして、ここでもう一つ難しい問いが出てきます。こうした支援は、外から見るととても評価しにくいものです。支援者が本人の挑戦を待った。企業と何度も調整した。本人が決めるまで、あえて答えを出さなかった。失敗した後、一緒に振り返った。こうした仕事は、「面談を何件した」「何人就職させた」という数字だけでは見えません。

では、私たちは支援者自身の仕事を、何をもって「良い」と判断すればよいのでしょうか。次回は、「支援者は、何をもって『良い支援』をしたと言えるのか」——本人の成果から少し視点を変えて、支援する側の仕事について考えてみたいと思います。