コミュニケーションは「上手」にならないといけない?
コミュニケーションは、やっぱり大切
前回は、事業所で「できること」が、そのまま職場でも「できること」になるとは限らない、という話をしました。人の行動は、その人の能力だけで決まるものではなく、周囲の人や環境との組み合わせによっても変わります。
今回は、その中でも就労支援でよく話題になる「コミュニケーション」について考えてみます。
最初に確認しておきたいのは、コミュニケーションは大切だということです。
仕事をしていれば、上司から指示を受けたり、分からないことを質問したり、仕事が終わったことを報告したりします。同僚と協力することもあれば、困ったときに相談することもあります。
そして、コミュニケーションが上手になる可能性があるのであれば、上手になれるに越したことはありません。自分の考えを伝える方法が増えることも、相手の話を理解しやすくなることも、その人が社会で使える選択肢を増やすことにつながります。
だから、コミュニケーションを練習することそのものを否定したいわけではありません。
ただ、ここにも「訓練」について考えておきたいことがあります。
同じだけ練習すれば、同じように上手になるわけではない
コミュニケーションが苦手になる理由は、人によって違います。経験が少なくて、どう話したらよいか分からない人もいます。緊張してうまく話せない人もいます。
一方で、ASDなどの発達特性や精神疾患の影響によって、人とのやり取りそのものに大きな難しさを抱えている人もいます。
- 曖昧な表現を理解することが難しい
- 相手の表情や言葉の裏にある意図を読み取ることが難しい
- 複数の人がいる場所では情報を整理しにくい
- 自分の考えをその場ですぐに言葉にすることが難しい
こうした難しさがあるとき、「コミュニケーション能力を高める訓練をしましょう」と考えることがあります。
もちろん、練習や経験によって変わることはあります。ただ、その変化の大きさも、そこに必要な努力も、人によって違います。
「できるようになった」だけで考えていいのだろうか
たとえば、コミュニケーションに非常に大きな難しさを抱えている人がいたとします。
- 練習を重ねることで、以前より少し質問できるようになった
- 会話を続けられる時間が少し長くなった
- 相手に伝えられることが少し増えた
それは、その人にとって大切な変化です。でも、その変化を生み出すために、本人がものすごく大きなエネルギーを使っていることもあります。
仮に、コミュニケーションの難しさを「−100」として、たくさん練習することで「−90」になったとします。10も変化したのですから、訓練には確かに効果があったと言えるでしょう。
でも、その10の変化によって、実際に働くうえでの困難はどのくらい減ったのでしょうか。
ここは、少し分けて考える必要がありそうです。
「能力が向上したこと」と、「社会生活の中で困ることが減ったこと」は、必ずしも同じではありません。
頑張り続けることが「訓練」になってしまうこともある
さらに気になることがあります。
本人が一生懸命練習しているのに、周囲からは、
- 「もう少しコミュニケーションが取れるようになりましょう」
- 「もっと自分から質問できるようになりましょう」
- 「まだ練習が必要ですね」
と言われ続ける。本人は以前よりできるようになっているのに、いつも「できていない側」に置かれてしまう。
そうした経験が続けば、「自分は人より劣っている」「自分はいつまでたってもできない」と感じてしまう人がいても不思議ではありません。
本人の可能性を広げるために始めた訓練が、本人に「自分のできなさ」を繰り返し確認させるものになってしまったら、少し考える必要があります。
別の方法で解決することもできる
だからといって、「苦手なことは練習しなくていい」という話でもありません。大切なのは、本人が変わることだけを唯一の解決方法にしないことなのだと思います。
たとえば、口頭で長い指示を理解することが難しいのであれば、
- 指示を一つずつ伝える
- 手順を書いて渡す
- チャットを使う
- チェックリストを用意する
といった方法もあります。
質問することが難しいのであれば、
- 質問をチャットで送れるようにする
- 決まった時間にまとめて確認する
- 質問するときの簡単な型を決めておく
という方法もあります。
本人のコミュニケーション能力を高める方法と、本人がコミュニケーションを取りやすい環境をつくる方法。どちらか一方ではなく、両方を考えることができます。
何を「できるようにするか」は、どう決めるのだろう
ここまで考えてくると、もう一つ疑問が出てきます。
ある人には、コミュニケーションを練習することで大きく可能性が広がるかもしれません。別の人には、そこに大きなエネルギーを使うよりも、得意なことを生かせる仕事を探したり、伝え方を工夫したりする方が、働きやすさにつながるかもしれません。
では、その人にとって、何を練習することに意味があるのか。私たちは、何を根拠にそれを決めているのでしょう。
これは「訓練」を考えるうえで、実はかなり大きな問題なのかもしれません。この話については、また別の機会にじっくり考えてみたいと思います。
まとめ:「上手になる」ことと「困らなくなる」こと
コミュニケーションが上手になることには意味があります。できることが増えれば、その人が選べる方法も増えます。
でも、「コミュニケーション能力が上がった」=「働くうえでの困難が同じだけ減った」とは限りません。
- 本人が少し頑張る
- 相手が伝え方を少し変える
- 道具を使う
- 仕事の進め方を変える
- 本人に合った職場を探す
いろいろな方法を組み合わせながら、その人が必要なことを伝え、必要なことを受け取りながら働ける方法を探していく。それも、就労支援の大切な役割なのだと思います。
そして、ここでも「本人がもっとできるようになること」だけを訓練と考えてよいのか、少し分からなくなってきました。
次回予告
次回は、同じように働くための力として語られることの多い、「ストレスへの強さ」について考えてみます。ストレスに弱いのであれば、本人がストレスに強くなる必要があるのでしょうか。それとも、ストレスそのものを減らす方法もあるのでしょうか。